目の前で優雅にたたずむ男の姿は嫌でも視界に入り込む。
癖のある耳にかかった黒髪。隙間なく大きな瞳を縁取る睫毛。男らしい骨格をビロードのような肌が覆っている。琥珀色のオーラが彼を包み光を放つ。
彼をさっきのデッサンに組み込んだらどんな場所がいいのだろう……性懲りもなく、またそんな考えごとが頭に覆いかぶさる。
「俺の顔、何かついてます?」
被写体に向ける遠慮のない視線に、恥ずかしそうに桂木は苦笑いした。
「サチさんって、絵を思い描いている時って目の色が違いますよね」
あ、やっぱりネタにしてたのバレていた。目の色が違う? それって危ないよね。
「どんな色してます? そういう時のあたしの目」
気になったので、恐る恐る尋ねてみる。
「カブト虫を見つけた小学生みたいですよ」
「は?」
「サチさんの目って、そういう時、ビー玉みたいにキラキラ輝くんです」
役者って日常でもこんなキザな台詞をつかうものなんですかね。
「桂木さんって根っからの役者さんですね」
「えっ、どうしてかな?」
「だって、今の台詞、殺し文句ってヤツですよ」
「正直な感想なんだけどな。殺し文句か……じゃあ、少しはぐらっとしてくれたかな?」
背の高い彼が屈み込んでこちらをのぞき込んでくる。皆、この眼差しにイチコロなんだろうな。あ、やっぱりこの人はトンボの羽じゃ役不足だ。もっともっと高い空まではばたける……。
「全然君には効果ないみたいだね、俺の殺し文句なんてさ。教えてくれない? 今、頭の中でどんな絵を描いているのかな」
あ、やばい。妙に優しい声色が、少しあっちの世界に踏み出しているあたしに心地良く響く。
「えっと……桂木さんにもし羽をつけたらどんなのが似合うかなって」
「うん、どんな羽をチョイスしてくれるの?」
「やっぱり鳥かな。桂木さんは飛ぶっていうより、羽ばたくってイメージだから」
「いや、光栄だけど、褒めすぎだよ」
「えっ? あたし褒めていませんよ。ただのイメージです」
まいったなって彼はおかしそうに笑っている。あたし変な事言ったかな。
「あぁっ」
突然すっとんきょうな声をあげたあたしに彼は目を丸くしている。ずーと聞きそびれていた疑問が頭をよぎって、奇声を発してしまった。これもあたしの変な癖。
「何っ。どうしたの?」
よっぽど驚かせてしまったようだ。彼はワンオクターブ高い声を出した。
「あたし、ずっと聞いてみたかったんです。あの、本の表紙の天使の羽……
片方折れたイメージでって桂木さん言われましたよね。どうして……ですか?」
あぁ、と彼は少し困った顔を見せた。
琥珀色のオーラが淡いブルーに変わった気がした。
「北海道のロケで、前にそういう渡り鳥を見かけてさ、俺みたいだなって思ったんだよね」
「えっ、桂木さんがですか? う〜ん」
「だってさ、もっとサチさんと話したいな〜なんて思ってもさ、あんな邪魔がすぐ入るんだよ? 俺、自由に憧れる」
あんな邪魔? 彼が視線で示す方を見ると、少し慌てた様子で、マネージャーの岡部さんが小走りにこちらに向かってくるのが見える。桂木ユウタがそっと耳打ちをしてくる。
「あいつ……岡部に羽を付けたらどんなイメージ?」
そうねぇ、隙のないやり手マネージャーといった感じ。見た目はこの人、役者かモデルさん? と思わせる程に洗練されている。
一瞬、ひらめいた
「あのね、トンビ」
別にウケを狙ったわけでもないのに、ブッと彼は吹き出して笑った。
「だっていつも桂木さんを探し回ってて、見つけ出すと低空飛行で忍び寄ってくるイメージなんだもの」
岡部さんはあたし達の目の前まで来ると、咎める口調で言った。
「ユウタ! こんなトコにいたのか、司会の近藤さんがお前を探しまくっているぞ」
……笑っちゃいけない。
だけど、桂木ユウタが大声で笑い出した。綺麗な歯を見せて、あたしの肩をポンポンと叩きながら。だからつられてあたしまで笑ってしまった。
岡部さんだけが、 「なんだよ」と、怪訝な顔つきで、きょとんと立っていた。
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