運命の相手との出逢い(サチ)1話1/2

投稿日:2018-06-23 更新日:

人は様々に分類できる。例えばこんな風にも。

愛を受ける人。愛を注ぐ人。喝采を浴びる人、それを贈る人。

あたしはよく恋人が他の女に注ぐ愛の台詞を耳にする。甘い口説き文句や、胸を鷲掴みにする殺し文句。

熱い眼差しは愛を語るにふさわしく、相手の女は皆、瞳をうるませて彼の胸にもたれかかる。いや、中には色恋沙汰のなれの果てに、勇敢にも彼の頬を平手で張り倒すタイプもいる。

けれど、乱れた前髪の隙間から投げられる悲しげな男の視線に、結局は溺れるという結末。

彼が相手にする女は皆、美しい。そうでなければ彼の放つ光にかすんでしまうからだ。選び抜かれた美女達は、彼の肩や腕、時には素肌の背中に細い指を絡め、惜しみない愛の言葉を降り注ぐ。

こんな男があたしの恋人。だけど彼の姿はいつだって、不意打ちのように瞳に飛び込んでくる。街でも、電車に揺られている時ですら逃れる事なんて出来ない。

新宿駅の雑踏の中、あたしは彼を山手線のホームで見つける。一体何枚連なっているのだろうか? ホームの壁に沿うように、張られた大きなポスター。柔らかい微笑みを刻んだ彼がそこにいた。

……いつまでたっても慣れるはずもない。この人が自分の恋人だなんて。

桂木ユウタ。今年、二十八歳になる彼は十代の頃からトップアイドルだった。最近ではコマーシャルと映画、TVドラマはゴールデンタイムの主役でしか出演しない。事務所が何処にでも顔を出すアイドル路線より、希少価値のある俳優路線へと方向を切り替えたからだ。最近はハリウッドでも話題になった香港映画監督からのご指名で、世界的にも有名なハリウッドスター達と撮影にいそしむ予定だ。

夕暮れの街に、人々が溢れている。華やかな都会の雑踏。歩道を歩く自分の姿がショーウィンドウに写っている。二十三歳。身長158センチ。モデルのようなプロポーションでもない。ごくありふれた女。仕事は駆け出しの童話作家兼イラストレーター。あ、いや、ほんの少しだけ知られてはいるかもしれない。半年前、桂木ユウタがデビュー十周年を記念して出版された自伝の表紙をデザインした。

彼があたしを指名したからだ。だからって、どうしてこんな事になったのだろう? 何度考えても不思議でしたかたがない。

 

彼との出逢い。そう、半年前のあの日、岡部と名乗るマネージャーが指定してきた日時に打ち合わせの為に事務所を訪ねた。通された会議室には桂木ユウタが座っていた。他にも人がいたにも関わらず、彼を包む独特のオーラに息を呑む。なんて目立つ人。

はっきり言ってあたしは超の付く芸能音痴だ。だけど、彼の顔は知っていた。嫌でも視界に入ってくるから……。記憶していたフルネームが一文字違っていた事は内緒にしておこう。

「お会い出来て光栄です」

と彼は椅子を引いてくれた。

「以前、あなたが描かれた絵本の挿絵を見て運命を感じたんです。いつか自分が本を出すときには是非お願いしようと思っていました」

嬉しそうに彼は微笑んだ。出来すぎた台詞。出来すぎた笑顔。ドラマのワンシーンを演じているようだ。

あたしは女優じゃない。たどたどしく笑顔を返してみたけれど、ミエミエの作り笑顔になっちゃっているのが恥ずかしいなと思った。

片側の翼が折れた天使のクレパス画。それが彼からのリクエストだった。

 

出版記念のパーティ。その華やかさに圧倒され、あたしは居場所がなくてぼんやりと壁際で行きかう人を眺めていた。

あ、見たことがある。そうは思いながらも、芸能音痴のあたしは名前が一致しない。桂木ユウタ程、目につく芸能人は別にしても。

もう帰ろうか? 話す相手もいなくて、退屈を噛み殺す。すっと目の前を綺麗な女の子が横切っていった。なんて顔が小さいのだろう。さらさらとなびく綺麗なドレス。華奢なヒールの足元にはアンクレットが光を弾いている。その瞬間、妖精が集う舞踏会のイメージが頭にひらめく。

あ、いいかも。

いつもこんな風に突発に思いついたイメージから、あたしの世界は広がり出す。

この瞬間、頭の中は、現実との境界線が薄れてしまう。バックの中からいつも持ち歩いているデッサン用のノートを取り出すと、壁に寄りかかりながら鉛筆を走らせた。

あ、あれは水の妖精。うるんだ瞳がきらきら綺麗。あ、あの子は火の精。カルメンなんて情熱的な名前が似合いそうだもの。遠くで語りかけてくる声が聞こえる。

 

これ、なぁに?

太陽よ

太陽沢山あるんだね。

いいの。だってこれは妖精の国だから。

本当だ。皆、羽が生えている。色々な形の羽があるね。

この子はね、トンボの羽。光に透かすと虹色に光るの。

 

クスクスと笑いがこぼれる。だけど、ふと、違和感を感じて顔を上げた。あたしの隣で壁にもたれながら、桂木ユウタがノートを覗き込んでいた。

「かっ桂木さんっ?」

現実に引き戻され、あたふたとノートを閉じる。

「サチさん、お久しぶりです。今日はお忙しい中、来てくれて嬉しいです」

「あ、いえ……」

ちらちらと視線を泳がせながら、小さな声で返事をする。あたしには創作に夢中になると、トランス状態になる癖がある。しかも、ファンタジーな世界に片足を突っ込む為か、妙に童心にかえってしまうというオマケ付き。子供のような口調で交わしてしまったさっきの会話にバツが悪かった。相手に心の中をのぞかれた気分だ。

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