運命の相手との出逢い(ユウタ)2話2/2

投稿日:2018-06-23 更新日:

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コーヒーを運んできた事務所の女の子が 「あら素敵」と参考に広げていたサチの絵を見て呟いた。

ほらな。お前うといんだよ。芸術ってわかってる?

そう言葉には出さずに得意げな視線をちらりと岡部に投げてやる。目が合った。

心の中で吐いてる台詞でも、奴にはわかっちまうんだよな。何だよその不服そうな顔。多数決で決まりなんだよ。

俺、有頂天だった。徹夜で寒い中、俺の姿を求めて待ち続けるファンの気持ちが痛い程わかった。こういうモノなのか。相手に気付いて欲しいんだよな。そう、一目でもその瞳に映し込んで欲しい。

俺は恵まれている。だって話をする運命のチャンスを掴んだのだから。来週のスケジュールに彼女との名前がある。結構、大変だったんだけどさ……。

最初、岡部が表紙の打ち合わせは自分とサチ、本の担当編集者で話を進めるなんてぬかしたからだ。

「え、俺は?」

別にわざわざお前が会う必要なんてないだろうと、言いやがった。

気付くと、岡部を怒鳴り付けていた。

「あのな、俺なりに伝えたいイメージがあるんだよ。スケジュールを空けやがれっ」

いつも悪態ついてるのに、俺の罵声に奴が珍しく動揺したのが見て取れた。だけど、止まらなかった。動揺してるのは俺なんだよ。

いつもなら、静かに冷ややかな反撃をしてくるはずの岡部が、何も言わずに俺に背を向けた。そしてそのまま部屋を出ていっちまった。

俺は、岡部が折れるまで口さえきかなかった。まるでガキの喧嘩。それでも駄目ならハンストしようとくらいもくろんでいた。もうすぐ三十路になる男のする事とは思えない。だけどマジでそうしようと思った。

ニ日後、岡部が黙って書き直したスケジュール表を差し出してきた。無言で。

お前も相当大人げないね。

月曜の午後一時間だけ、彼女との打ち合わせが組み込まれていた。何だよ、やればできるじゃん。安堵感に包まれると、人間、優しい感情がわいてくるってもんだ。

「岡部ちゃん、久々にうまい焼き肉でも食べながら飲もうか? 俺、奢っちゃう。西麻布の叙叙亭に予約入れといてよ」

奴はまだ憮然としたままだ。俺よりニつ年上のくせしやがって、いつまでガキみたいに拗ねてやがる。いや、確かに俺、今回言いすぎたよな。来週は分刻みの忙しさだった。スケジュールを空けるのは至難の技だったはずだ。

「夜は女と会うんだよ」

へぇ、珍しい。岡部の口からそんな台詞。ニつ年上の三十歳。アイドル時代には俺より人気があった。黒ぶちのメガネなんかでわざとごまかしているけれど、端正な顔立ち。クールな物腰。

出逢いは十年以上前、事務所が運営するJ芸能スクール。その後デビューからニ年間一緒だったアイドルグループで岡部はリーダーをしていた。よくある歌って踊れて喋れて顔が売りのタレントアイドル。他のメンバーのちょっとした不祥事ってやつで、グループは解散する事になった。集団行動苦手な俺には願ったりかなったり。五人いたメンバーの中で、ソロでもやっていけそうなのは俺と岡部だけ。その岡部が、俺のマネージャーをやると言い出した。

びっくりした。映画の主演の話も奴にはあったはずだ。結局はその話は最終的に俺に舞い込んできた訳だが。

岡部は言った。一緒に登って行こうと。お前を百年に一人のスターにしてやると。奴は所属事務所の社長の甥だった。小さいころから身近に芸能界ってもんを肌で感じて育ってきた岡部は、色々な意味で俺より一枚上手だった。高見にいくなら、己の実力だけでも上っていける奴だっただろうに。どうして俺のマネージャーなんて……。

だけど、奴はそんな裏方でも秀でた才能を発揮した。仕事の選び方、イメージ、演出の助言、色恋沙汰の後始末。ただのタレントとは一線違うカリスマ性を俺に色付けていった。

こいつに操られている感覚。それは時には心地よく、絶対的な安堵感すらあった。そして八年後、俺は揺らぎないトップスターな座にのしあがっている。最近ではハリウッドで活躍するような映画監督からも声がかかるようになった。

アジアンテイストを売りにしたエキゾチックな男。岡部はそんなイメージを今、俺に上塗りしている。海外ではウケがいいらしい。

だけど俺は少し疲れてきちまったんだ。これは俺なのか? 岡部なのか? それともただの虚像なのか……はりぼての羽が折れちまった。岡部のリモコンも電池切れ。どこに行っても人の視線にさらされ自由ひとつありはしない。

息苦しかった。自分の居場所がわからないんだよ。

 

「何なに、珍しいじゃん女と約束なんてさ。岡部ちゃん、いいなぁ〜どこで出逢いがあったのさその相手って? 俺なんて焼き肉誘う女もいないんだよ? あぁ、肉食いたいなぁ。焼き肉なんて久しく行ってないよね。仕事抜きでたまには語り合いたいと思ったのになぁ」

サチのとの顔合わせの件で、八つ当たりをしてしまった自覚のある俺は少しばっかりばつが悪くて……。妙な猫なで声になっているのが自分でもわかる。

「ユウタにだって適当に遊ぶ女くらい揃ってんだろうが。あの焼き肉屋なら、個室を用意してくれるからのんびりできるぜ。 一日俺達顔付き合わせてんだ。飽き飽きだろう?」

「まぁ、そう言われればそうなんだけどさ、俺、一番あんたが落ちつくんだよね。ホント最近仕事の話しかしてないじゃん? たまにはそういうの抜きで飲みたいっていうか……でも、ま、岡部ちゃんにも潤いが必要だよね。女の話なんてあんまり口にされた事なかったから、意外だったけどさぁ、そんな事もあるよね。そっち優先してよ」

そう口にしながらも拗ねた眼差しを送ってみる。岡部が口の端を上げて薄く笑った。機嫌が直ってきた証拠だ。

「……仕方ねぇな。付き合ってやるよ。お前の奢りな、遠慮しないで食うからな」

岡部は仕事に関しては鬼のように厳しい。血とか涙ってあるのかよ? と疑う程に。だけど、プライベートでは意外にも甘やかせてくれる一面も覗かせる。

俺、アンタに導かれて今がある。いつも噛み付いて憎まれ口ばっか叩いているけど、感謝してる、ホントにさ。

でも、俺、恋をしたい。そればっかりはアンタ相手には無理でしょ?

胸を焦がすような運命の出逢い、せつなくて涙ぐむような……誰かをそんな気持ちで抱き締めてみたいんだ。

だって気付いちまった。そんな恋に溺れたような台詞を、人形のような女優相手に繰り返しては、馬鹿みてぇなんて毒づいていた癖に。俺にもそんな事を感じる心がちゃんとあるんだなんて。

だから会いたい。温もりに触れもせずに、俺の心を震わせた女に……サチに、こんな俺がいるって気付いて欲しい。


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