シーツの中で俺を見上げる女は、抜けるような琥珀色の肌を悩ましくくねらせている。形の良い唇に乗せた赤いルージュ。
その刻印を、俺の首筋に押しつけていく。シーツに広がる長い髪は、まるで絹糸で紡がれた蜘蛛の巣のようで、女はすらりと伸びた長い四肢で俺の体を絡め取る。
奔放で妖艶な女郎蜘蛛。
こういう女との情事は魅惑的で分かりやすい。食前のワインから、男にドレスの下を期待させる女。
耳の肥えた女を堕とす口説き文句を投げかけるゲームは、大人のたしなみというものだ。
……だけど想像出来ない。もしも腕の中にいる女があの子……サチだとしたら、どんな眼差しを投げかけてくるのかなんて。
目の前の女は薄く笑いながら、少し輪郭の曖昧になった唇を、俺の耳たぶに押しつけてくる。そして吐息と一緒に掠れた声で、刺のある台詞を流し込む。
「ねぇ、あたし知っているのよ。あなたが他の女に心移りしている事なんて……」
沈黙が部屋の空気を包んだ。
……。
「はい、カートッ!!いいねぇ。色気もたっぷりだし、最後の桂木君の唖然とした顔、雰囲気出てたよ。じゃあ、休憩挟んでシーン30いきますからっ」
さっとスタッフが女の肩にワイン色のガウンを掛けた。濡れ場など映画一撮れば必ず必要なカットだ。今更だとは思いながらも、こういう場面でカメラが止まった瞬間の、妙な気恥ずかしさだけは慣れることがない。
しかも、ちょっとばかりプライベートで味見をしたことのある女が相手だったりしたら、真似事のベッドシーンなど猿芝居のように感じるというものだ。
「ユウタ、最近御無沙汰よね」
スタジオの端っこに置かれた椅子に並んでコーヒーを啜っていると、まるで映画の続きのような台詞を、彼女は小さく囁いた。男を意識した媚のある流し目。
あぁ、いんじゃない? そのアップ。次のシーンの練習……じゃないよな。
「だって杏里さん、ヒルズ族の若き実業家と、熱愛発覚してたじゃん。俺の出る幕なんてないよ」
「あぁ、あれ? いやぁねぇ、お金あっても、色気のない男なんて最悪よ。あたし、やっぱり面食いなのよね。ユウタみたいな……ね?」
女って貪欲。特に、美貌を備えた女って、勘違いするほどに世界は自分中心に回っていると信じて疑わない。色んなタイプの男たちを絡めた糸で巣に張りつけて、その日の気分で美味しい所だけ頂くのだ。
こういう、いい女をモノにするのがステイタスだと思っていた。でも、今となってはその薄っぺらな自己満足に悲しみさえ感じる。
あぁ、俺も底無しに貪欲なのかもしれない。サチの、その瞳に映して欲しいという夢に満たされ、話まで出来たというのに、もう次の瞬間には新たな欲望が沸き上がる。
触れてみたいだなんて……いや、手を繋ぐだけでもいい。それって中学生レベル。いや、今時の中学生はもっとすすんでいるよな。
そう、ただひとつと言われれば、これが俺の心からの願い。
もう一度、会いたい。そう、もう一度、会いたい。
君が描いた大きな羽が本当に俺の背中にあったなら、今すぐさらいに行くのに。わざと高く舞い上がって怖がる君の手を固く握りしめる口実をつくるだろう。
「ねぇ、ユウタぁ」
サチじゃない女の声。今の俺には振り向く価値すらない。適当にあしらっている態度に、隣のお姫様はご機嫌を損ねたらしい。
「ちょっと、アンタ相当な俺様野郎よねっ!」
苛立った杏里の怒鳴り声がスタジオ中に響く。周りにいたスタッフの視線がこちらに集まってくる気配。俺はうすら笑いを浮かべて隣の女を一瞥する。
どうよ、天使みたいなツラして、この救いようのない性格の悪さ。いつもと違う注目に、杏里の視線がそわそわしだした。
「杏里さ……」
「なっなによっ」
周りのスタッフは俺の次のひと言を、かたずを飲んで見守っている。もう、俺を誰だと思っているの? ここ最近ぽっと出てきたグラビアあがりの女優と一緒にされちゃあ……ねぇ。
「シーン30、俺への横ビンタからだよね。さすが杏里ちゃん、テンションあげていこうね。その調子で思いっきり張り倒してよ」
どっと笑いがおきる。杏里も 「もぉ」なんて甘えた声で頬をふくらまらせる。
アンタ残っていけないよ、そんなんじゃ。目尻に皺のひとつも出来たら用無しだって覚悟しなよ。