モーニングコール(サチ)5話1/2

投稿日:2018-06-29 更新日:

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人混みって息が詰まると感じる事もあるけど、ひとりひとりを眺めてみると、興味深かったりするものだ。

例えば今あたしが座っている、待ち合わせの定番、渋谷ハチ公前。こんな週末には、相手を探し出せるのだろうかと、疑いたくなる程に人はこの場所に群れる。

だけど、待ち人との再会というのは結構ドラマだ。相手が恋人だったりすれば、その瞬間、放たれる光の輝きで二人の愛情度が計れてしまうといっても過言ではない。

幸せな空気って他人の物でも心が癒される。外国の映画のように、熱い抱擁も、たまらなく重ねてしまうキスも、そうそう見られるわけではないのだが、心の中に溢れてくる再会の喜びが、垣間見られる控えめさがなんとも微笑ましいのだ。

ずっと、浮かない顔で座っていた斜め向かいの女の子が、ぷいっと顔を背けた。彼女の目の前にはバツの悪そうな仕草で彼氏らしき人が立っている。

「誕生日のデートに遅れるなんて最低っ」

あ……でも。
あたしからは見えちゃった。彼が後ろ手に隠している小さなブーケ。きっと、花屋に寄っていて遅くなっちゃったんだろうな。

ほら、小さなスポットライトの光が落ちてきたよ。目の前の二人は、渋谷の雑踏に紛れたら、ありふれたカップルなのかもしれない。だけど、誰もがこんな小さなドラマをそっと繰り広げて愛を育んでいる。

「……チッ、ねぇ、サチってばっ」

はっと顔を上げるとナオが立っている。ふわふわ風になびく綺麗な栗色の髪。ぱっちりした目元。人目を引くってこういう女の子なんだろうな。

「また、人間ウォッチングしてたでしょ」

悪戯を見つかった子供のような気持ちで、目を合わせないで首を横に振ってみせた。

「アンタがあっちの世界に足突っ込んでいる時は、顔見りゃわかるのよ」

「あ〜オナカ減った。あたし朝食べてないの。ナオは何食べたい? 今日はあたしの奢りだよ」

「へぇ、ホントに?」

「あ、だってほらぁ、サイン貰う約束……」

ナオは 「あぁ」と言うと小さく笑った。

「よく考えたらさ、パーティっていってもサチにとっては仕事だったんだもんね。怒ったりして悪かったわ。奢りなんて冗談よ」

ナオの、こんなさっぱりしたトコって魅力的だ。こんな子だから、あたしのぼんやりした所も母親のような眼差しで許してくれる。最近オープンした美味しいオムレツ屋に行こうという事になり、並んで歩き始めた。

「あ、この前本屋に並んでたよ、桂木ユウタの本。サチの表紙、素敵だった」

「……ホント?」

誰だって褒められれば嬉しいものだ。スキップでもしたい気分。あたしはテレ笑いをし、隣を歩くナオを見た。

「あ、噂をすれば……だ。ほらっ」

彼女が指さす方に視線を流す。ファッションビルの壁一面に広がる大きなポスター。

桂木ユウタがそこにいた。ベッドの上で頬杖をついて、スマホを握り締めたままうたた寝をしている仕草。新しい機種の宣伝だろうか。大きな文字で書かれたキャッチコピーはこうだ。

“リアルに愛を語ろう”

街を歩く女の子達は、皆ちらちらと、そのポスターを見上げている。

「あ〜。やっぱり素敵だよねぇ、桂木ユウタって。大人の男って感じ。いいなぁ、サチは生のユウタに会えて。どんなだった? やっぱり抜群にカッコ良かった?」

オトナのオトコ……。

「う〜ん。まぁ、そうだね」

でも、笑った顔はナオの言うイメージとはちょっと違っていた。子供みたい。ほら、悪戯好きの男の子って感じ。やんちゃで、でもバレンタインテーにはチョコを沢山貰えるクラスの中心人物。

「あ〜こっちには杏里のポスターが貼ってある。この二人ってちょっと噂になっていたよね。なんか出来すぎのカップルって感じでイマイチだと思わない?」

再びナオが指差した先には、ファーストフードの自動ドアに貼られた女の子のポスターがあった。天使のような笑顔で、新発売のハンバーガーを片手に頬張っている。

“自由がないんだよね”

そう口にした彼の眼差しを思い出す。きっと当たり前に恋人と、街を歩くことすらままならないのだろう。ポスターの中で彼の伏せられた瞼の裏に浮かび上がる恋人は、杏里という名のこの女の子なのだろうか。ファンの子はきっと、誰が彼の隣に寄り添っても面白くないんだろうな。

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