ローマの休日 オードリーヘップバーンのように(サチ)7話1/2

投稿日:2018-07-03 更新日:

目次へ行く
1話から読む

ワインかぶっちゃったのなんて、そんな気にしなくてもいいのに。

桂木ユウタは、バサバサとクローゼットから服を引っ張り出している。

「ごめんね。その服クリーニングに出して、後日届けるから」

「もう気にしないでください。安物ですから、ホント……それよりあのいいんですか? 服お借りして、彼女に怒られちゃったりしません?」

彼はこの別荘の前の持ち主が置いていったものだと答えた。ファッションデザイナーなのだと。

そうなんだ、彼女のかと思った。それにしても、海外向けのサンプル品なのだろうか。どれもすごくサイズが大きい。でも、高級ブランドなんだろうな。シックだけど、どれも仕立の良さを伺わせる。その中に、ぽつりと何の変哲もないブルーのカットソーがあった。あ、サイズも合いそうだ。

「ちょっと後ろ向いていてもらえますか?」

そう言うと、桂木さんは着がえるなら、隣の部屋に行くからと言い出した。こんなの、三十秒あれば着がえられる。気を使わなくていいですよ。

Tシャツに袖を通すと、色々なスタイルのウィッグが目に止まる。 仮装パーティみたい。 仮装……その単語にひらめきを感じた。そういえばさっき桂木ユウタは言った。

“街なんて普通に歩いたら、身ぐるみ剥がされちゃうんだ”

あ、いいかも。 仮装……絶対皆にバレないくらいに……。

「付き合ってください」

突然、彼が真剣な眼差しであたしにそう言った。

「……俺と」

そんな頼み込まなくたって、今日はとことん付き合っちゃいますよ。

「いいですよ」

美味しいランチのお礼に、すっごいアイディアを提供しよう。あ、岡部さんにはやっぱり内緒だよね。なんだかワクワクしてきたっ。

この感覚。あっちの世界に一歩踏み込んだ高揚感。とりあえず、桂木さんに似合う服やウィッグを探してみよう。

あ、これいいかも。いくつかピックアップしていく。ショートボブがイケてる。 桂木さんも最初はポカンとしていたけれど、どうやら覚悟を決めたらしい。

作戦コード『ローマの休日ごっこ』オードリーヘップバーンのようにいつもと違う自分で冒険しちゃうのだ。

一通り着がえた彼をマジマジと眺める。綺麗な顔立ちだから、そんなにおかしくはないと思う。女装って言ってもパンツルックだし。

あ、でもやっぱりアレがないと……まだ開けていない引き出しをごそごそと探る。 小物が色々出てきた。スカーフ、ベルト、ストッキング……どれも丁寧にビニールにしまわれている。

あ、なにこれ。プロ御用達の化粧箱一式。良かった。あたしの化粧ポーチの中身じゃ地味過ぎるもの。

あ、色付きカラーコンタクトだって。知ってる知ってる。シベリアンハスキーみたいな瞳になっちゃうヤツ。

すごいすごい。大人のおもちゃ箱だ。

あ、まずは、これを付けてもらおう。 贅沢なレースをあしらったブラジャー。さっきのスカーフをつめれば、セクシーなおっぱいが出来上がるに違いない。あたしは張り切って振り返ると言った。ショータイムだ。

「やるからにはとことんやりましょう」

だけど……まさかね、いや、ほどほどの感じにはなるだろうなぁ、とは思っていた。お肌も綺麗だし、髭も薄いし。だけど、丁寧にファンデーションを塗って、マスカラを伸ばし、真紅の口紅を乗せたら、ものすごいベッピンさんが出来上がった。

黒髪のショートボブ、琥珀色の肌、ローズレッドの唇、そしてブルーアイズ。カラーコンタクトはどうかな、と思ったけれど、日本女性にしては背が高すぎるといった最後の違和感を、取り除く効果を発揮してくれた。スーパーモデルの出来上がりだ。

男を伺わせる体の筋肉は、仕立の良い服の生地がふわりとカバーしてくれている。 出来上がりのあまりのゴージャスさに言葉もない。

「完璧ですね」

そう、語り掛けるあたしに、鏡を眺めていた彼の視線が流れてきた。

どきん。

もともと濃い睫毛が、マスカラにオブラートされて……その目元、すっごく、色っぽいんですけど。やっぱり役者さんなんだな、立ち振るまいが既に違う気がする。これならバレるはずがない。難があるといえば、上出来過ぎて、オードリーヘップバーン並みに目立ってしまうという事くらいだろうか。

「じゃあ、行きましょうか」

「何処へ?」

一瞬、不安そうに彼の瞳が揺れた。

「桂木さんのご希望の場所に何処へでも。普段出来ないこと、沢山しましょう」

自分の車ではまずいからと、桂木さんはタクシーを使った。彼があたしに耳打ちしてくる。そうだ、声を出したら運転手さんに男だってばれちゃうものね。 彼が告白した行き先に、あたしもちょっとわくわくを押さえ切れない。

「ディズニーランドまで」

靴だけは桂木さんの自前だ。黒で細身のデザインだったのでそれを履いている。良かった。慣れない靴だったら、ディズニーランドはちょっときついもの。

「小学生の頃からレッスンに忙しくて、遊園地なんてホントに小さい頃行ったきりで記憶にないんだよね」

「小学生の頃から? 下積みってやつですか。一見華やかでも、やっぱり芸の道は厳しいんですね」

……何、どうしたの。桂木さんの肩が笑いを堪えてふるふる震えている。あたし、変な事何も言ってないよねぇ。彼は笑い上戸みたいだ。だって全然普通の会話をしているのに、よくこんな風に笑い出す。岡部さんとのバトルといい、この人って結構子供みたい。彼のご希望だって……。

ほら、ここは何処だっけ? 皆が童心に返る夢の楽園。

Copyright© ネット 無料 恋愛小説 天上の楽園 , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.