「お〜か〜べ。お前、仕事選んでんのかよ。あんな女出てるんじゃ、レベルが落ちんだろうがよ」
マンションに帰る車の中、いつもの調子で奴に絡む。
「あぁ、ま、色々としがらみがあるんだよ。脇役だし、今なら脱ぐだけで話題になる女優だから、まぁ、役柄的には合ってるんじゃないか?」
岡部は流暢にハンドルをさばきながら 「お前も大人になったねぇ」と、からかうような口調で言った。
「この業界、まずは礼儀から……だろう? 誰が教えたんだよ」
「へぇ、涙か出るね。俺も努力が報われるよ。優秀な生徒にはご褒美をあげなきゃな。明日のロケ、他の役者都合でお前の撮り他の日になった。久々にオフだ」
「……マジ?」
「こんな冗談、酷だろうが。杏里と違って、俺はそんな性格悪くねぇぞ」
いつぶりだよ。本当かよ。こんなチャンスは次にいつあるかなんてわからない。だったら……。
「オ・カ・ベ・ちゃん」
「なんだよ」
眉間に皺寄せるなよ。露骨に嫌な顔みせやがって。そんな思いはぐっと堪えた。この男に頼らなければ、運命の赤い糸はぷつりと途絶えちまうんだ。
海から吹き抜ける潮風は心地よくバルコニーを吹き抜ける。山の上にぽつりと立てられた小さな別荘。三浦海岸を望めるウッドデッキテラスからは、色彩鮮やかなウィンドサーフィンの帆が波間に揺れる様が見て取れた。
俺はテラスのテーブルにいそいそと、ナイフやフォークを並べている。ランチのメニューはイタリアン。全て俺のお手製だ。
昔、俺がまだオカベと一緒のアイドル時代、『男子たるもの厨房に行こう』なんてレギュラー番組を持っていた。
『昔取った杵柄』って言うの? 俺の料理の腕を見くびってもらっちゃ困るんだよね。
鮮魚のカルパッチョ、生クリームを加えたコクのあるトマトソース、渡り蟹のリングイネ、ホロホロ鶏モモ肉のグリエ。抹茶のソルベにはとろりとした練乳を添える。
朝の五時には目を覚ました。オフとは思えないハードさだ。だけど、鼻歌交じりにキッチンに立った。包丁を手に夫の帰りをいそいそと待つ、新婚の気分ってやつ。好きな人に食べてもらう為に野菜を刻む。至福のひと時だった。
オカベ、大丈夫だろうか。一通りの支度が整うと、急に不安が湧きあがってきた。サチは本当に来てくれるのだろうか。
『アポを取れた。昼の十二時に三浦の別荘に連れて行く』と昨夜の十時頃、オカベから短いメールがはいった。それからすぐに車を走らせて、イタリアンレストランを経営している知り合いのシェフに、食材を分けてもらったんだ。そのまま、真夜中ここに来ちまった。
隠れ家に相応しい、ひっそりとした一軒家。定期的に入れているハウスクリーニングが来たばかりだったので、掃除は必要なかった。
時々、俺はここを訪れる。オフじゃなくても、気分転換にふらりと立ち寄る事もある。海が見えるのが良かった。新築ではない。知り合いの芸能人から半年前に譲り受けたばかりだ。家具とかそのまま置いていってくれた。いらないものは捨ててくれと。
太っ腹だよなあの人。大御所といわれるベテラン俳優の姿が頭をかすめた。芸能人の元別荘というだけあって、人目を忍ぶ場所にひっそりと佇んでいる。
もう一度会いたい。
女をここに呼ぶのは初めてだった。
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