「俺、アトラクションとか何が何処にあるか全然わかんないから、サチさんにまかせてもいいかな?」
きょろきょろ。何もかもが珍しそうに、桂木さんの視線は寄り道ばかりだ。ほら、迷子になりますよ。彼の手を引いて歩く。
カリブの海賊、ビックサンダーマウンテン、ホウンテッドマンション。
平日のせいか並びも少ない。あ、前の人も後ろのカップルも、チラチラと桂木さんを見ている。ちょっと緊張が走る。
ちらちらと注がれる視線はどれも感嘆の溜め息を含んでいる。ただひとつの疑問付は、隣にいるちくはぐな女は何? といったところだろうか。
だって、桂木さん本当によそ見が多くて、手を引いていないとすぐ見失っちゃいそうなんだもの。
「……っねぇ、いや、ハーフなんじゃない?」
こんなひそひそ話が聞こえてきた。ハーフと桂木ユウタを結びつけるものはない。作戦の成功に祝杯をあげなくては。
少し日が暮れてきた。ちらちらと灯りはじめた街灯が、夢の国に夜の魔法を唱え始める。
ビビデバビテブ!
シンデレラ城が眺められる、オープンカフェに腰をおろす。
「こういうのって休みって感じだよね」
彼はそう言うと、寛いだ様子で椅子にもたれた。
「桂木さんのお休みってやっぱり週一日くらいしかないんですか?」
「決まってないんだよね。こんな一日オフなのは三ヶ月ぶりくらい」
「ええっ、そんなに?」
「サチさんのお休みはいつなの?」
「いや、あたしなんて毎日休みみたいなものですよ」
「へぇ、いいね」
「締切前に、慌てて徹夜したりするくらい。あ、でも最近仕事の依頼増えたんですよ。桂木さんの本のおかげで名前が売れたみたい」
良かったね。声にしなくても、そんな気持をちが伝わってくる眼差しを投げかけられる。
「あっ〜あ」
びくりっ。あたしのすっとんきょうな声に、桂木さんの体が小さく跳ね上がる。
「また忘れる所だった〜」
ごそごそと、トートバックから本を取り出す。
「プライベートなお時間にすみません。あの、サイン頂けますか?」
「あ、いや、いいよ。でもサチさんがサインなんて……光栄だな」
桂木さんは、さらさらと表紙の裏に慣れた仕草でペンを走らせている。
「あの、ナオちゃんへって名前も入れてもらっていいですか?」
ぴたり。流暢に本の上で文字を綴っていた指先が止まった。
「あ、ナオはカタカナでいいですから。今日桂木さんに会えて良かったです。パーティの時はサイン頼まれていたのすっかり忘れちゃって、その子すごいガッカリさせちゃったから……」
ふっ、と園内のライトが暗くなった。あれ、もうそんな時間? 夜のパレードが始まる。
「桂木さん、行きましょう。とっておきの場所があるんです」
あたふたと本を抱えて、桂木さんはあたしに引きずられるように立ち上がった。
「何? どうしたの?」
状況の変化が飲み込めないようだ。ぐるっと大回りをして、あたしはあまり人気のない垣根の前に腰かけた。
「すぐ近くじゃないですけど、ここからだと、ほら光の列が綺麗に見えるでしょう」
人々の高揚したざわめきが周囲を包む。ほら、そこまで来たよ。先頭は青と銀色のまばゆい光の渦。 羽を持つ妖精、ブルーフェアリーだ。すごい綺麗。お馴染みのディズニーソングにのって、繰り広げられる光のパレード。次から次へと移りゆく電飾の華やかさに、視線は釘付けになる。
皆がパレードに夢中になっている今が穴場だと、アトラクションに走る修学旅行の生徒が数人目の前を横切っていく。
学生服を少し着崩した今どきの男子生徒が、じゃれ合いながら笑っている。ふと昼間、足の引っ掛け合いをしていた、いい年をした男二人の光景を思い出す。いいコンビだわ。
今の桂木ユウタを見たら、岡部は見抜けるのだろうか。
「岡部さん、今日の桂木さんを見たら驚くでしょうね」
隣に視線を移すと、イルミネーションに照らされた横顔が見える。あたしの声、届かなかったかな? 桂木ユウタは真っすぐ前を見据えたままだ。
そうだよね。このパレードを初めて見たら、夢中になるってものだ。おしゃべりは止めよう。あたしも再び目の前のショーを眺めた。
「……さんは……なの?」
えっ? 声のした方に顔を向けると、いつの間にか桂木ユウタがこちらを見ていた。
ハイホーハイホー。
七人の小人の陽気な掛け声に、彼の言葉が聞き取れなかった。だから、その唇に耳を寄せてみる。彼はゆっくりと、ひとつひとつの言葉であたしの鼓膜を震わせていった。
「サチさん、俺には興味……感じてくれない……の?」
聞こえた。うん、ちゃんと聞こえたよ。でも、意味がよく……。
“サチさん、俺には興味感じてくれないの?”
キョウミ?
あたしの耳朶をショートボブのウィッグがくすぐっている。そんな距離。彼の指が頬に触れる感触。視界に映るのは、様々に色彩を変化させ、反射する光の名残。
さっきまで響いていた軽快なパレードの音楽が、やたら遠くに感じる。流れる時間が急にスローに落とされる感覚。
ふわり。
重ねられた唇が彼の体温を伝えてきた。
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